学校法人 聖徳幼稚園

楽しく学ぶ!富士吉田市の幼稚園、保育は聖徳幼稚園

福源寺の歴史

  • 浄土真宗本願寺派 聖徳山 福源寺

     約六千坪の広大な境内地の中心に総欅造十一間四面の荘厳な本堂や同じく総欅造の巨大な山門などの諸堂宇が立つ福源寺は、元は真言宗伝燈の道場・聖徳寺だったが、文安四年(一四四七)に本願寺中興の祖第八代蓮如上人が同地を巡錫した折りに浄土真宗に改宗、寺号を福源寺と改称した。開基は浄光(俗姓は渡邊伊賀守)。

  •  当時の寺基は現在地の東約二㌔にあり、今もそこには「浄土三部経塚」があって、同寺管理の飛地となっている。享保十年(一七二五)中興の住職・了仙の時に現在地に寺基を移転。江戸期には春正寺、勝曼寺、浄願寺の坊舎三宇を持ち、関東における真宗伝道に重要な役割を果たした。現在の境内には、鐘楼と並んで典雅な六角太子堂があり、市の重要文化財に指定されている。

  •  明治期には、宗門の学制改革に取り組んだ本願寺第二十一代門主の明如上人が、同寺を「山梨教校」に指定、関東地方の教学研鋤の拠点としての重責を担った。明如上人から賜った「山梨教校」の真筆の扁額は寺宝となっている。

  •  同じく寺宝の室町初期の作とされる名号本尊は、「畳十方無碍光如来」の八字名号の下に勢至・龍樹・世親の三菩薩の影像が描かれた珍しい様式で、『真宗重宝聚英』にも掲載されている。

  •  聖徳幼稚園は、浄土真宗本願寺派福源寺境内にあり、大正八年(一九一九)に開園の、山梨県内で三番目に歴史のある幼稚園。
     このような輝かしい歴史と伝統に彩られた同寺の現第十七代住職の隆生氏は、龍谷大学名誉教授(文学博士)、そして本願寺派学階最高位の勧学で、唯識学研究の碩学として宗内外にその名を知られている。

     仏教精神に基づく「まことの保育」を施すとともに、外部講師による英語教育や体操にも力を注ぎ、その充実さを伝え聞き地元の富士吉田市外からも多数の園児が通園している。

福源寺 ギャラリー

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